枠の中での自由。

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このサッカーというスポーツは枠で区切られています。

 

どこまでも行きたいところまで行けない。

 

大の大人があの長方形のゴールにボールを入れ合うことに何十億、何百億もお金をかけたりする。

普段僕らが街でみる枠の広さと同じなのに、こんなにも違ったりする。

 

よくよく考えると放映権、DAZNなど2000億近い契約だが、世で比べるとかなり狭い枠の中で、たった22人の選手たちにそれだけお金をかけられるのも面白いもんだなと思う。

 

ましてや、プロレスのリングなどとは違い、ルールだって沢山ある。

しかも扱う部位が足という、最も頭とリンクするのが難しい場所。

 

人間を過大評価しているかのような日々の取り組みを、ふと我に返るとすごく不思議だなと思う。

 

あんなにやんちゃしていたと言われるスーパースター選手も約束事だらけの中でしっかりとプレーする。

一人当たりのボールに触れる総時間が2.3分からすると、えらい自由がないスポーツだなとも捉えられる。

それを一人の監督という人間で大枠を作り舞台をつくる。

たった一つのボールに何万人のお客、視聴者がいる。

 

たまにプロの選手の近くにいることもあるが、特別あまり身体の違いは無いのがほとんど。

でも隣にいる人が何億、何十億の値がつくとなるとよく分からなくなってしまう。

 

簡単にプロとは言うものの、本当繊細でシビアな世界なんだと思う。

ロボットでは無いから先のことを予測していくのもかなり難しい。

 

その中でAI技術などの進化から分析の分野まで大発展を遂げようとしている。

 

たった一つのボール。

でもその一つのボールには、選手の人生はもちろん、国民をも動かす力があると思うと、本当に面白いスポーツだなと感じる。

ワールドサッカーダイジェスト 2018年 8/16 号 [雑誌]